2017年3月22日水曜日

自我による不幸への対処法


昨日は、不幸を引き寄せる原因として、愛の不足を感じているときへの対処法として、自分が実は、深い愛に生かされていることを感じて、感謝することを述べました



自我の働きによる、もうひとうつの不幸を引き寄せてしまう原因について、どうしたらよいか述べてみます

ひとつには、自我の働きを抑えていって、波立つ湖面が平な鏡面のごとくなっていくように、静かな心を取り戻すことです

これには旧来の仏教の思想が参考になります

仏教は、人間の不幸の原因が自我の働きにあるとし、それを修行によって消していこうとするものだったといえます

仏教の教えの旗印として、三法印というものがあります

それは、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静の三つを言い、この三つが仏教である印ということです

諸行無常というのは、この世にあるすべての物は移ろい行くものであり、とどまって置けるものはないと言う意味です

私たちの肉体は、ずっと若さを保っていられず、いつかは老いて病を生みます

そして愛するものとも必ず別れの時はきますし、愛着のある家や土地や、持ち物もいずれ手放す時が来ます

この世で手に入れた、地位や名誉も、お金も、いつしか手放す時が来るのです

そのように、この世は絶えず変化し、移ろい行く世の中なので、執着するのは、苦しみの元となっていきます

それゆえ、仏教では執着を断てと教えられます

つぎに諸法無我とは、すべてのものに自我というものは実は存在しないということを意味します

すべての存在は他との繋がりによって生きています

自分だけで存在している者は無く、他との縁の内に成り立っているのです

たとえば自分の身体だけみても、肉体が私だと思い込んでいるかも知れませんが、肉体は外部の存在である食べ物を取り入れて成り立っています

そして数年もしないうちに、元の肉体は、すべて別な物質に入れ替わっているのです

自分以外の物と思っていた食べ物という物質を取り込んで、いつしか肉体はその食べ物によて取り入れた外部の物質に入れ替わっているのです

私たちは普段気づかなくとも、自分だと思っていた肉体は、昔の物はすっかり無くなっていて、別な物質へと変わっていっているのです

そのように、普段から当たり前のように自分だと思っていた肉体も、外部と切り離されるものではなく、自と他は分かれられずに存在しています

そして涅槃寂静とは、我あると思う心を滅し、我欲や執着から離れた、静寂な境地を言います

波風一つ立たない、湖面のような境地です

このように、仏教の思想を取り入れると、自我の働きから来る不幸を、取り除いていく事が出来ます

この世のものはすべてうつろいゆく物であるから執着せず、自我というものは本当は無くて、他との関係の中で生かされている。我欲というのは間違いなのだと悟ることです

長くなりましたので、また次回に続きます

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