2016年12月20日火曜日

真実の自己への目覚め



前回は、人がこの世に生まれて、生きていくのに必要となる”自我”が、自らを守ろうとして、かえって苦しみの原因となる話をしました

この”自我”は、防衛しようとするだけでなく、傷つかないうちに、先制して他人を攻撃しようとします

自分のプライドが傷つけられそうになったり、立場をおびやかされそうになった時に、他人を攻撃してしまいます

たとえば、自分を認めないものや、輪の中に入らないものなど、思い通りにならない人物に、実害を受けていなくとも、率先して周囲に悪口を言いふらしたり、相手を貶めるようなことを言ったりします

そのような率先して攻撃を開始したり、自分が苦しんでいるのは、ある人のせいだと恨んで、その人を攻撃しようとします

あの人が自分の好きな人を取ったため、自分が不幸になったとか、自分が出世できなかったのは、あの人のせいだなど、責任を他人に転嫁して、その人を攻撃していきます

”自我”はそのように、自分の脅威となるものと判断したら、攻撃を開始していきます


それによって自分が傷つくのを守っているようでいながら、実はかえって苦しみの原因ともなっているのです

ひとを攻撃すると、その反作用で、いつかは自分自身に、その力が返ってきます

自分を守るために攻撃していた力が、いつかは自分自身に戻ってきてしまうわけです

私たちは”自我”の殻を被ることで、この世で生きられてきたわけですが、その殻が強力に育ちすぎて、かえって自分を苦しめるものとなってしまいます

カニは硬い殻で覆われていることで、外敵から身を守っていますが、あまりに殻が厚くなると、脱皮できなくなって死んでしまうようなものです

”自我”は本来の自己ではなく、肉体と同じく、この世に生きるために身に着ける鎧だと気づくことが、目覚めの一歩となるでしょう

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3 件のコメント:

  1. いつもありがとうございます。

    私は、家族から暴言など攻撃的な言動を受けることが多く、その度に意識の中で自分と相手に愛、光を送っています。
    そして自分の中を見つめ直しております。

    ですが、時々、匿名の相談で相手のネガティブな言動を話してしまうこともあります。相手への攻撃ともなってしまいそうで、これは自分にも戻ってきてしまうのではないかと考えてしまいます。

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  2. 身につける鎧など、重くて重くて耐えられないのはわかっているのに、
    鎧なくしては生きてこれなかった自分を今更ながら反省します。
    本来の自己というものも自分にはよくわからない…。
    静かに考えてみます。いつもありがとうございます。

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  3. なるほど。
    自我とは魂が肉体を着てこの世を生きるうえで身に着ける鎧なのですね。
    何事においても、過剰になってはいけませんね…

    それでは、自我が強くなり過ぎないようにするには、一体どうしたら良いのか。
    どのような心構えが必要なのか。
    考えさせられます。

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