2015年10月24日土曜日

ある線香での先祖供養の危険性


ある人気ブログで特定の本数線香を立てて独特の先祖供養することを進めているらしく、それについてメール等でも質問が何度かありましたので書いてみます

お線香を特定の本数あげて、ご先祖を供養しようとされているようですが、実際には精神的におかしくなったり、体の不調がおきたり、不幸が起こったりすることがあるようです
そのような災いが起こってくるものもっともだろうと感じられます

お線香をあげるだけで霊が浄化されたりなどすることはないでしょう

霊はハエや蚊ではないので、線香でどうにかなると考えるのはおかしいかと思います

お線香の起源はもともと仏教の発祥の地であるインドで、古代より香りを楽しんだり、医療目的で使われていたものが、仏教に取り込まれて伝わったものです

そうしたもので霊が浄化されたり、成仏したりすることはありえないでしょう

浄化する力がない状態で、一生懸命に供養をされようとすると、未浄化な霊が、救ってくれるのではないか?っと思って寄ってきてしまいます

そして供養していることで寄ってきた未浄化な霊に憑依されるようになってしまうことで、様々な問題が起こってくるのでしょう

ご先祖様を供養したいという思いは尊いことであろうと思いますが、まずはご自身が人を救済できるだけのものをお持ちかどうかということですね

いってみればご供養というのは、海でおぼれている人を、泳いで行って助けにいくようなことといえるでしょう

ご自身がそれだけ何人も担いで泳げるだけの達人であればよいのですが、たいていは自分一人のことで精いっぱいという方がほとんどではないでしょうか

そうした方が助けに行ったとしても、しがみ付かれて一緒に溺れてしまうでしょう

溺れた人がしがみ付くというのが憑依といてよいでしょう

ですので、供養をされたいということであれば、ご自身が人さまのお役に立つようなことをたくさんされて、徳を積まれて、その徳を手向けるようにされたら良いかと思います

安易にお線香さえたてればよいと考えないほうがよいでしょう

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12 件のコメント:

  1. 大変言い難いことを、ズバリと言って下さって、感謝です。

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  2. お線香での先祖供養 というのは何か特別な供養を指すのですか。毎日普通にお線香を立てて手をあわし一言二言声をかけるというのが日常で、そういう方はそれこそ沢山いらっしゃるとも思うのですが、お線香をたくという部分ではそれとどう違うのか、または同じく注意が必要なのか、よくわかりません。お線香で供養ができるとは思っていませんし供養ということを特別に意識しているわけでもありません。 お線香が好きでお香なども大好きでよくたきますが、そういうときも未浄化霊が反応するものでしょうか。

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  3. やはり出鱈目でしたか。
    私もそのブログは読んでみたことがあったのですが内容が胡散臭く、読むのをやめたという事がありました。
    今回の記事を読んで読むのを止めたのは正解だったんだなーと思いました。

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  4. 何年も前に祖父が亡くなり、それを機に祖母の家へ両親と共に引っ越してきたのですが、祖母の寝言が何かが取り憑いたような大きなうめき声を上げることに、とても驚きました。最初は怖かったです。あまりに怖く、時々起こしに行きますが、気持ち悪い夢を見ているようです。祖母は、毎日お仏壇のお水を変え、お線香を上げています。祖母は私から見ると、とても現世に翻弄された生き方をしており自分の気持ちを正当化することに必死で、現実すら捻じ曲げてしまうくらいです。日常的な小さな例えで言えば、祖母がお寿司を食べたいと思っていて、祖母が私に「お寿司が食べたいねぇ」と言い、私が「そお?」と返しておくと、そのあと私の母には、私がお寿司が食べたいと言ったことになっている、などという具合です。そのくらいなら別にいいのですが、内容が大きくなってくると、彼女の周りの色んな人に、色々押し付けられるみたいになってくるので、できればやめてほしいという感じですが(笑)。
    ですので、祖母は何か憑依しているのではないかと、最近いつも思っていて、そんな中この記事に遭遇したので思い出しました。

    そのような祖母に育てられた母は、幼い頃から自己肯定感が弱く「いつも自分が悪い」と思いながら育ったようで、今でも極端に自信がないように感じます。
    この家へ引っ越してきてから、数回ですが母も時々、おなじようなうめき声をあげていたので、身近な人が低級霊に憑依されていると、憑依されやすくなるのかなぁと感じています。母も先日、最近お線香を上げていないことを気にしてお線香を上げていました。
    この家に引っ越してくる前、母はそのようなうめき声をあげたことは一度もありませんでした。

    私自身は、自分が一緒に過ごした故人のご先祖を気にはしています。今、私がこう思っていることに対して、彼らはどう感じているかな、などとよく考えますが、自分の部屋にお仏壇があるにも関わらず、お線香などは特に気にしていないです。お仏壇に向かっては手も合わせないので家族からは、どう見られているかわかりませんが、時々亡くなった祖父母(父方含む)を思い出し感謝したくなった時は、場所を選ばず自分の喜びのために手を合わせたりはしています。

    ですので、自分は大丈夫だという自信は今のところあるのですが、祖母と母の取り憑かれたような、うめき声の寝言は何とかならないだろうかと、よく思います。
    人の心は本人が気づかなければ変えることはできないと思うので彼女たちの思い次第かと思い、諦めているところはあります。

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  5. 数年前に妹がこの線香の供養のブログにはまって、しきりにブログを読むように言われたり、親戚にも線香の供養を勧めたりしていました。
    私の目からみたら、洗脳されているように感じました。

    ある時、そのブログを読むと質問コーナーに「このブログの文章を引用してもいいですか」というような質問に対して、「それはいけない。教えが死にます」という返事で、唖然としました❗

    コメントの欄に「宇宙の法則であればどんどん広めていくことが必要なはずだ。妹がこのブログにはまり、しつこく言われて周りが迷惑している」と投稿しました。

    その妹とはトラブルがあって疎遠な状態になっています。

    振り返ってみると、そのブログを読むようになった頃から性格が変わったようにも思います。

    どうしてあんな風になってしまったのかと悲しい思いにもなりました。

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  6. とても分かりやすいたとえ話でありがたく思います。

    洪さんの以前のブログにもあったかと思いますが、スピリチャルな世界に興味を持っても、一歩間違えるととんでもないところに繋がってしまうのだということを実感しました。

    言葉巧みに洗脳していくのは宗教の世界でもあることですね。
    私自身が洗脳されていた時期がありましたのでよく分かります。
    そこから脱け出すのはけっこう大変でした。

    脱出して開放感も味わいましたが、それも学びだったなぁと思います。

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  7. こんにちは。
    線香の本数での供養の仕方…そういうのがあるのは初めて知りましたが、以前から思っていたことがあって投稿させて頂きました。

    先祖供養や宗教の話などはなかなか話せませんよね。以前から思っていたのですが仏教では人が亡くなると仏壇にお線香を供えるのが疑問でした。今は花やコーヒーの香りとか?色々あるようですが臭いことには変わりがなく(失礼)、私は臭いに敏感だし喉も痛くなってしまいます。ふと思ったのですが線香は元々死人の臭いを消すために使われたのでは?エジプトでは防腐剤の役目でハーブが使われました。
    昔からの習わしでずっと引き継がれているのかなと思った次第です。
    私も線香で供養ができるとは思えません。故人が何を望んでいるのか?は人によって違うのでないかなと思いますし。

    私は家族に今から言っています。お墓には入りたくない。仏壇もいらない。星に帰ったと思ってねと。
    私がこの世で生を終える時は、ワンダラーとして地球でのお役目が終わり元の星に帰る時だと思っています。何となくそう思うのです。
    長文失礼したしました。

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  8. こんにちは。
    やっと打ち終えたコメントがなぜか消えてしまいました。(涙)
    この線香供養の話は初めて知りました。
    宗教や先祖供養の話などはなかなか話せませんよね。
    故人が何を望んでいるのか?は人によって違うと思いますし…線香で供養ができるとは思えません。過去に趣味でお香を焚いている時がありましたが、それでも悪いものが寄ってくると聞いたことがありやめました。

    これは私自身の考えなので気を悪くされた方がいましたら申し訳ないです。
    私は家族に今から言っていることがあります。お墓には入りたくない。仏壇もいらない。
    私がこの世で生を終えるときは、ワンダラーとしての地球での役目が終わった時だと思っているのです。私がいなくなったら元の星に帰ったと思ってね♪と。

    長文失礼しました。

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  9. やはり、そうだったのですね。
    人気のブログなので、私も時々のぞいていたのですが、読めば読むほど「ん?」となっていました。

    はっきりと言って下さって、スッキリしました^^

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  10. 失礼します、皆様はじめまして、この線香三本の人気ブログですが必ず○○家先祖代々の霊位と書かれたお位牌か短冊を置いてからするようにとの注意書があります、これがない場所でやると危険と書いてありましたが、どうなのでしょうか?

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  11. えーそうなのですか。
    けっこう良いことも書いてあったので時々読んでいました。
    確かに先祖供養という名の物理的な儀式をしたところで、一方で人に意地悪したり傲慢なことしてれば何の意味もないですものね。
    スピリチュアルって結局素人には何を信じてよいかわからず、自己満足や欲のために利用すべきではないので、自分の醜い部分を直視して改めていくのが一番良いのかなと思う今日この頃です。

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  12. スピリチュアル系の方は、自分で考えるのを放棄しすぎです。
    自分への戒めとしても書かせていただきますが、以前ある有名な霊的な指導者の方(すでに亡くなっています)の著書を読んだ際、印象に残った言葉があります。自分が発言したり書いたりしたものを盲目的に信じてはいけない、と著者自らその危険を問うものでした。すべて己で考え、吟味し、それが自分にとって正なのか邪なのか判断することを怠ってはいけない、ということです。
    その線香のブログも昔から読んでいますが、感心する記事もあり、また確かに、個人的に違和感を感じる記事があり、でも、こちらのブログも共感する内容が多いのですが、前世のことなど、失礼ですが、個人的には100%真実とは思っていません。
    スピリチュアルでよく言われる”気づき”という感覚は大事だと思います。誰も強制できないのです。誰からに強制されたわけでなく、自ら自然にその道に歩んでいく、なぜか知っている、その行動が心地よいと感じる。強制された行動は偽の行動です。もし、こちらの記事を読んでその独特な線香供養に違和感を感じたのなら、止めればよいだけです。それも縁ですし、自己責任です。(そのブログ主もそう言っていましたよ)。
    私は昔から読んでいますので知っていますが、強制ではないし、誰かに勧めるのはよくないと確かに断言していました。
    私は教えを他人にすすめない、というそのブログ主のメッセージはよく理解できます。
    自分が良いと思っているものを他人も同じように良い、と思えるとは限らないし、自分が理解する世界を他人が理解して当然だと考えるのはその人のエゴです。それこそ宗教です。(この違い、分かりますか?)

    スピリチュアルなこのようなブログや気づきの人達は、おしつけではなくて、ある段階へ到達するための、手助けをされている、と考えたいです。

    宗教が、洗脳が、とありますが、たしかにそのブログの読者、信者のような方もいるようで、そのような方はとても危険だと思います。ただ、それも自業自得です。

    誰も完璧ではないし、また誰もが完璧である、というのは矛盾しているようで、魂や心について、勉強されている方にとっては、真実と見えるのではないでしょうか。
    他人に依存ばかりせず、自らに問うべきです。私達誰もに本来その力が備わっているのですから。

    自分で判断することは、私のような凡人にはとても難しいことです。ですがこれを放棄しては、魂の向上をも放棄していることになりかねないと思えます。

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