2015年9月16日水曜日

供養と人の念



昨日は葬儀について書いてみました

今日は供養について思うことを書いてみたいと思います

亡くなられた後の行き先と言うのは、その方の思いの持ち方・心境によって決まるものです

あの世と言うのは思いの世界ですので、どのような思いを発しているかによって、住む世界が分かれてきます

人に優しくしたり、手助けするのが好きな方は、同じく優しい方の澄んでいる世界に帰ります

人に対して攻撃的な方ですと、同じように攻撃的な人たちの集まる世界に住んでいます

そのように基本的に当人の心境によって住む世界が決まってくるものといえます

基本的にはそうなのですが、地上にいる人間などが、よき思いを向けることで、それが浮力のように働いて、持ち上げる力ともなっているように感じます

その方が生前になした行為や言葉によって、人のためになったとすると、相手から喜びや感謝の念が届いていると、それがプラスの力として働いて、良い世界にあがれる手助けになるようです

多くの方に愛されたり、感謝されている方というのは、亡くなられてからも、そうした多くの方のポジティブな念を受けて、まるで浮力が働くように高い世界へと向かわれます

逆に、人々から恨まれたり、憎しみの念を向けられてしまうと、それが重りのように働いてしまって、下の世界へと降りてしまうこととなるようです

ですので生きておられる方が、ポジティブな思いを持たれて、感謝や愛情の念を故人に向けられるのは、供養となるでしょう

悲しみの念というのは、波動が低いため、遺族などがあまり悲しんでしまうと、かえって浄化するための足を引っ張ってしまうことともなりかねないので、気をつけたほうが良いかもしれません

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2 件のコメント:

  1. 生前、宗教に入信していた方は、あの世で同じ信仰者同士で暮らしていくのでしょうか?

    また、遺族が改宗したり、宗教をやめたりした場合、故人に何か影響はあるのでしょうか?

    返信削除
  2. 私は足が不自由ですのでお墓参りができません。現在は両親の位牌が祀られている仏壇に手を合わせることも出来ない状況です。

    供養に関しては何となくわかっていたことでしたが、こうして文章にしていただくと、とてもわかりやすく、心が安らぎます。

    お彼岸を前にしてありがたいブログでした。

    今いる場所で、両親や先祖に感謝の思いを届けたいと思います。

    ありがとうございました。

    返信削除

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