2015年9月15日火曜日

葬式と供養の意味



最近身近に考えさせられましたので、今日は葬式と供養の意味について考えてみます


お葬式でお坊さんがお経を唱えたり、みなで焼香をしたりいたしますが、こうした儀式の意味としては、亡くなられた方に、自分は死んだと言うことを自覚させると言う意味があると思います

現代では死後を信じていない人も多く、亡くなっても、自身が死んでいることを自覚できない方も多いかと思います

そのような自覚がはっきりされていない人に対して、死んだ事実を自覚させる意味合いが葬式にはあるでしょう

ただお香を絶やしてはいけないとか、位牌はどうとか、法名はどうだとかはあまり関係ないようです

お香やお花を飾ったりするのは、良い匂いをしていた方が、良い霊の働きがしやすいため、あったほうがよいかとは思います

腐敗臭とか悪臭がしている場合は、悪いものがよってきやすいため、お花を飾ったりお香を焚いたりしているのでしょう

お経を唱えるのは、お坊さんによるのかなあっと思います

法力のある方と無い方がいらっしゃいますので、それによって違いがあるかと感じられます

残念ながらあの世を信じていない、認めていな方がお経を唱えられても、実際の効力は無いように思われます

あとお塩をふったりしているのは、おそらく憑いて来た霊を落とすと言う意味でされている風習かとは思いますが、効果はほとんど無いだろうと感じられます

物質自体にはそれほどの効果というのは無くて、たとえば塩や数珠などに法力のある方の念が込められていると効果を発揮する事があるのだと思います

単に物質としてのお塩などには霊を祓ったりするような効果は無いでしょう

供養については次回に書いて見ます

関連記事


ブログランキング に参加しています
あなたのクリック=無償の愛でこのブログは大勢の人に見てもらえています
いつも応援してくれて、ありがとうございます


スピリチュアル ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

5 件のコメント:

  1. 私の親戚が、故人の望む供養法でなく、遺族優先の形を取っています。

    なので、短期間でも故人の望む形を勧めましたが、生前仲が良くなかった家族関係だった為、死後に故人の都合に煩わされるのは嫌な様子です。

    詳細は省きますが、故人が再々家族の夢でいろいろ希望を伝えてきます。

    でもやはり家族の心がこもってないせいか、希望を実行する際、現場では蛇などが邪魔をするようです。

    私が故人の自宅にお邪魔した時は、庭に故人がいたので、それを家族に伝えましたが、既に家族は故人を見たり音を聞いたりして
    いるのに、やはり故人の一番の意思を無下にし続けます。

    形ばかりの供養に効果はない、それを実感します。

    返信削除
  2. お寂しくなられましたね。どうぞお疲れがでませんように。
    今まで天然の塩には浄める力があるのだと思っていました。単に民間での言い伝えなのでしょうか。それとも浄めたいという強い気持ちや意思を込めれば少しは違うのでしょうか。

    返信削除
  3. 子供は敏感なのか、身内の葬式の時に「お坊さんの供養を聴いてると頭が痛くなる」と何度か言われたことがあります。 私はお経を聴いていても身体の調子が悪くなるということはありませんが、「果たしてこのお経に故人を導く力はあるのだろうか」と毎回考えてしまいます。唱えるお坊さんに法力があるかないかは、素人ですので判断できませんが、故人が安らかに天国へ旅立てるように、生きている側の人間達が霊的人生観を持つことが、死後の迷いや過ちを無くしていくことに繋がるのでしょうね。生きている人も、亡くなった人も救えるような人になりたいです。

    返信削除
  4. 一般人でもお塩に念をこめることはできるものでしょうか。例えば神棚にお供えした物なら何らかのエネルギーを持っていたりしますか?

    返信削除
  5. 私は、真言宗の僧侶ですが…、先生のご意見を真摯に受け留めて、精進したいと思います。

    返信削除

コメントは管理人の承認後に表示されます