2015年8月28日金曜日

イジメが蔓延する理由


イジメは世界中にある問題ではありますが、特に日本では陰湿なイジメが蔓延し、問題となっているように思われます

今日はこの件について書いてみます


こうしたイジメが蔓延してしまう背景の一つには、自由度の少ない環境が上げられます

学校や職場など、自由に移転が難しく、そこに居続けないといけないような、不自由な環境では、イジメなどの問題もおきやすいでしょう

風が吹かずに、空気が滞るような場所では、ネガティブな気も溜まってしまい、病気とかも発生しやすいですけど、自由の風が吹かない場所では、イジメなどの腐敗現象がおこります

ですので、そうした問題を根本的に直すようにするためには、転校の自由や、学校のあり方にもっと自由度を加えるとか、たとえば現在の塾でも学校としての役割を認めるなどして、生徒が何処で授業を受けるか自由度が増すと、イジメも減っていくでしょう

職場でも、転職がもっとスムーズに、そして評価を落とすことなくできるようになれば、パワハラやイジメなども減っていくでしょう

それともうひとつ、イジメが蔓延してしまう理由の一つとして、悪をはっきりと断定できずに、そして悪に対して戦う姿勢がないと、社会で悪が蔓延してしまう傾向があります

最近でも武力に対して、絶対に戦ってはならない、平和主義で当たっていくべきだっという意見がありますけど、積極的に悪を為そうとするものに対しては、それを増長させてしまうこととなります

あまり指摘したくは無かったのですが、そうした絶対平和主義のような考えのあるところには、そうしたイジメる側が守られて、一方の被害者側が排除されるような現象が起こってきます

悪に対して、これを押しとどめようとせず、平和主義といって問題から目をそらしている人のいるところでは、実はイジメ問題とかが起こりやすいのです

もちろんいろんな理由があって起こるため、それがすべてではないですが、そうした傾向があることも知っておくべきでしょう

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6 件のコメント:

  1. 上に立つ人間が優しいだけでいるのは確かに悪を助長させることになってしまいますね。規則ばかりを強調した環境でも、学校も職場も陰険な人間を生みやすいです。ストレスに耐えられないと不満が爆発してしまいますから。その矛先は間違いなく弱い、弱そうな人間に向かいます。私の通っていた小学校はすごい田舎にあって各学年の生徒数が20人前後の狭い人間関係にありましたが、6年間同じ同級生でありながら、担任の先生によってイジメがあったりなかったりしていました。上に立つ先生もしくは上司の人格によって全体の空気を作ってしまうものなんだな。。とつくづく感じます。

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  2. 現代日本が悪質なイジメのはびこる社会になってしまった背景には、家庭や学校で絶対的に敬う神の存在を教えなくなったことにも原因があります。
    神に見られているという意識がなくなり、あの世にいった後を考えなくなったことによって、悪事を行うのにためらいを感じずに、バレなければいい・シラを切り通せばいいと人々は思うようになったのです。

    これはイジメに限らずあらゆる悪行に関してもそうです。
    かつての旧ソ連軍の乱暴狼藉や、今の中国の多民族弾圧やモラルの欠如は、国全体に無神論が浸透して蔓延していた(いる)のが原因とも言えます。

    神の存在を認めていなければ、あるいは軽視していれば、
    「神に誓えるか?」と尋ねられても、平気で欺けるような輩になってしまいます。
    ある意味当然の流れです。

    かつては日本にも修身という宗教教育がありました。
    この修身を現代にも復活させることが、学校がイジメのない充実した環境になり得る鍵なのかも知れません。
    むろん今の時代に合わせる必要はありますが、「誓うべき神」の存在の大切さは真摯に説いて解らせるべきでしょうね。

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  3. >最近でも武力に対して、絶対に戦ってはならない、平和主義で当たっていくべきだっという意見がありますけど、積極的に悪を為そうとするものに対しては、それを増長させてしまうこととなります

    まったく同じ考えです。
    「戦ってはいけない」と言われれば、虐められた子は自殺するしかなくなります。
    日教組の害悪です。
    私なら自殺するよりも戦います。

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  4. トタン山遊園地2015年8月29日 15:52

    対話努力だけを説く場合は、いじめられても翌日に平然と対話をしていける能力を既に備えておられるのでしたらわかりますが、動物にそんなタイプは居ませんし、居たらエサになってしまいそうす。

    もう一つの努力となる抵抗をすることは、双方と後々のためにも大事だと、思えるようになりました。

    プライドや誇りでの対外的保身ツールでなくて、
    結果として見下されない、努力不足の貧弱なままではない、自分の構築自体を楽しむ姿勢努力。みたいなのも大事と言う事でしょうか。

    まさに今の自分に足りない部分だと気がつきました。

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  5. このコメントは投稿者によって削除されました。

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  6. 同感です。
    よく「やり返してはいけない」「相手と同じ次元に下がる」「相手にするな」などの美しいご高説を聞きますが、悪人はそんな善人の足元を見てやりたい放題、結局は弱肉強食の世になり、被害者も拡大してしまいます。
    牽制のための対応は必要だと思います。

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