2015年8月21日金曜日

独裁者と平和主義・事なかれ主義

以前の記事の再掲載です


相手が望むことを何でもするのは愛だろうか

幼い子供が危険なモノ(たとえばナイフなど)を欲していたとして、自由に与える親はいないでしょう



たとえ子供が取り上げられて泣き叫ぼうとも、注意して与えないようにします

もうすこし視野を大きくして社会問題で考えてみると、ある者が人質をとって立てこもったとします。その犯人の要望どおりにしないと人質の命の危険があるときはどうでしょう

犯人の要望を叶えれば、人質も救われ、犯人も喜ぶ。しかし、そうなれば犯罪者にとって住みやすい社会となり、犯罪は増え続け、被害者は増加し続けるでしょう

それでは、さらに視野を広げて国家レベルで見たらどうでしょう。ある国に独裁者がいて、自分の権力や命を保持したいがために沢山の人の命が犠牲になっているとします。

独裁者は危険な兵器で脅して、人質をとって立てこもる犯人のように、自分の望み通りにことが運ばなければ多くの命を危険にさらします

事なかれ主義であれば、独裁者の言うとおりに望みをかなえるでしょう。ですが、その代償として、より多くの被害者と、独裁者に有利な世界が展開していきます

相手の望むことをそのまま受け入れるのがすべて正しいのでもなく、愛でもない事があります

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2 件のコメント:

  1. 文化人・一般市民・戦争体験者・若者など、多くの方が
    「戦争は全ての人を不幸にする」と主張します。

    実にその通りだと私も思います。

    ですがそれを、「何があろうとも戦争には絶対に反対だ」という結論に結び付けてしまう風潮には、とてもでは無いがうなずけません。

    独裁国家が侵略してくる状況ならば、相手の国民と日本の国民どっちともが不幸になろうとも、戦争を選ばねばならないのです。
    独裁国の言うことに従っていれば、形式的には平和が保たれ、一時的に幸せな空気がわずかに流れますが、その後に待ち受けるのは深い屈辱と長い苦難です。
    そして一部の悪しき特権階級だけが幸福を満喫し、それ以外の元日本人と独裁国の国民は、極めて苛酷かつあまりに長期的な不幸を味わう羽目になるのです。

    事実、チベットなどは60年以上弾圧され続けています。

    ならば、全ての人が多少何年かの不幸へと巻き込まれようとも、力でもって侵略者を退けるのが、真なる【愛】なのではないでしょうか。

    それが、全ての人を末永い幸福へと導く、智慧ある判断というものです。

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  2. ターコイズの指輪2015年8月22日 17:54

    相手の全てを受け入れる事こそが「いいこと」=「愛」と思う風潮がありますよね。
    主体性がなく、相手に委ねる…自分も変わらなければならないと、反面教師して考えさせられました。

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