2015年1月15日木曜日

臓器移植をスピリチュアルな視点で


アンケートにありました臓器移植の是非について書いてみます

臓器移植については唯物的な医療の視点から検討されていて、霊的な問題点は考えていないのが現状でしょう

まず臓器を提供される方の問題ですが、病院で脳死判定をした患者から臓器を取り出されています

こちらの問題として、脳死ははたして人の死か?という問題があるでしょう

唯物的な観点から、脳が停止して、考えられなくなった時点で、人間は死んだものと見なすと思っているのでしょうが、実際には魂があって、脳死の段階ではまだ肉体と繋がっていると考えられます

脳死の方であっても家族が見舞いにきたら血圧が上昇したり、涙を流すなどの反応を見せると言うことがあるそうです

当人は意識はあるわけですから、それをなんとか伝えようと必死になっているのでしょう

自分はまだ死んでいないと必死に伝えようとするわけですが、まわりはもう死んだものと見なそうとするわけです

なんとか知らせようとしても無理で、そうした状況の中で死んだと思われて肉体を切り刻まれて臓器を取り出されたら、魂のほうにそうとうショックを受けられるだろうと思われます

死後にスムーズに霊界に移行するのが難しくなるでしょう

それと臓器提供を受けた方について、以前より性格が変わるとか、趣味や好みが提供者に似てくるといわれています

それは臓器にも記憶があるのではないかと考えたりしているようですが、実際には臓器提供者が、その臓器と共に憑依をしている状況であると考えられます

憑依すると言うことは成仏されてない方という事ですから、そうした方に魂に通じながら生きることで、浸透しあってしまうことになるでしょう

臓器移植についましては霊的観点からは現在のところ様々な問題点があるように思われます

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6 件のコメント:

  1. 私自身、自分が死んだ後、人のためになるなら臓器提供はした方がいいのか?とちょと悩んでいたところでした。私の母は、長年看護師をしていて、脳死状態になった患者さんをたくさん見てきた経験から、臓器提供は反対だと言っています。霊的な意味ではなく、現実的に脳死状態の患者さんを見て、まだ完全に死んでいない49日も済んでない患者さんの臓器をすぐに取り出すのに違和感を感じていたようです。今回のブログを読み、やはりやめておこうと決めました。

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    1. こんばんは

      臓器移植の現場で働くお医者さんや看護師さんは提供はしないと選択している人が多いと聞きます
      それだけ本当に死んでいるのかとか実際に現場で見ていて疑問に思うことも多いのかもしれません

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  2. 私は子供を残せていませんし、人のお役にたてることが取り立てて何もできていないので、せめて死んだ後ぐらい誰かの命のためになるならと、臓器提供を決めていました。死んだ後 自分の死を受け止めてしっかり成仏しなくてはいけないという意思を日ごろから強く持っていたら、解決できることでしょうか?
    50代ですから果たして今後提供できるのかどうかはわかりませんけれど…

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    1. こんばんは

      意識のある状態で、身体を切り刻まれても、人のために立つならと苦痛と恐怖に耐えられる自信がおありの場合でしたらされてもよいと思います

      無理と思うのでしたら止めておいたほうがいいのではないでしょうか

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    2. そんなにもの覚悟が必要なのですね。というか、脳死後にそこまで意識があるのだということを 今、 はっきり知りました。
      生まれてくることに負けないくらいの神秘というか 悲しみよりなにかもっと尊いものを感じています。どの時点をもってして死といえば霊にふさわしいのでしょうか…?火葬されるときは平常心なのでしょうか…?。
      いずれにせよもっと一生懸命大切に生きていかなくてはと思います。ありがとうございました。

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  3. こんばんは
    臓器移植は賛成派でしたが
    記事を拝見して考えさせられました。

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